涼宮ハルヒの純潔 その2
涼宮ハルヒの純潔 その3
涼宮ハルヒの純潔 その4
572 名前: ◆KMIdNZG7Hs 投稿日: 2008/07/11(金) 02:46:57.45 ID:WEHCn7Mo
「杉田さんに挨拶をしてゆきましょう」
泥河を渡り終え、古びた石段を登り終えたところで古泉が提案した。
「なんで?」ハルヒが当然の疑問を口にする。
ハルヒにしてみたら杉田さんは最初にダムへ降りる道を聞いただけの人だ。
「合宿の始まりに挨拶をした人です。合宿の終わりにも挨拶しておいた方が締まりが良いと思いませんか?」
にこやかに説得する。
ハルヒはちょっと考えたがすぐに結論を出した。
「そうね!あのおじさん有希の事気に入っていたみたいだし、お土産の一つでも包んでくれるかもしれないわ!」
なんという厚かましいヤツだ。俺たちの命の恩人だぞ。お礼を包まなきゃならんのはこっちの方だ。
などと言えないのはいつもの事だが今回ばかりはいつもにも増して非常にもどかしい。
いいか、吸血鬼の魔の手から俺たちを土壇場で救ってくれたのは杉田さんなんだぞ。
と言葉にすると…非常に嘘っぽいな〜。
目の当たりにしていなければ俺だっていきなりこんなこと言われたらそいつの頭がおかしいと判断するだろう。
やれやれ。
俺は出そうになったため息を飲み込みハルヒの後に続いて杉田さんの小屋への道を登り始めた。
近づくにつれて音が聞こえて来た。
コーン…、コーン…、コーン…
少しだけ厳しい感じのする音だがとても耳心地が良い。
小屋の前で杉田さんが薪を割っていた。
「こんにちは!」ハルヒが片手を大きく挙げ元気よく挨拶した。
お前は近所の小学生か。
「来たか」杉田さんは目を細め俺たちを見回す。
「どうだ?宝は見つかったか?」少し面白がるように杉田さんが言った。
「見つかったわ!全部壊れちゃったけどね!」ハルヒがけろっと答えた。
「はっはっはっ!そうか、そうか」杉田さんが豪快に笑いながら小屋の中に入りすぐに何かを持って出て来た。
大きな笹の葉に何重にか包まれており杉田さんが両手で持っている所を見ると重そうだ。
「お宝じゃねぇが、熊の肉だ。食ってみるか?」
ぐぅ〜。
腹の虫が鳴る。
どうやらさっきの飯が足りなかったのは俺だけではなかったらしくSOS団の面々は全員大きくうなずいた。
573 名前: ◆KMIdNZG7Hs 投稿日: 2008/07/11(金) 02:47:18.42 ID:WEHCn7Mo
杉田さんが七輪を3つ出して来てくれてそれぞれに炭を入れて火をおこす。
熊の肉は保存用に濃い味付けがしてありそれをフライパンに入れるとタレの焼ける匂いが香り立ち食欲を直撃する。
「すっごくおいしそうね、熊の肉は初めてだけどこれならいくらでも食べられそう!」
古泉が杉田さんから米を分けてもらい炊いている。
朝比奈さんと長門もキノコやら味噌やら保存されていた野菜等をもらい料理をしている。
「焼けたわ!」
ハルヒが宣言するとともに早速かぶりつく。
こいつは、ハムの一件で懲りてないのか。お、今度は平気らしい。
はふはふ言いながらハルヒが一枚目の熊の肉を飲み込んだ。
全員の注目を浴びながらにやりと笑い答えをじらす。
「もんのすごくおいしいわよ!狩人になった気分!」
杉田さんが楽しそうに食べっぷりを見ていた。
熊の肉メインの料理が乗った紙皿が全員に行き渡った。
「いただきまーす!」俺たちは幼稚園生か?
そんな俺のつっこみなんて吹っ飛ばすうまさが口の中に広がった。
空腹は最高のソースという言葉があるが、それを差っぴいてもうまい!
多少癖はあるがそれがむしろ旨いという方向に働いておりこれはハルヒではないがいくらでも食べられそうだ。
しばらく全員無言になって料理を貪った。
何回か肉をおかわりしてようやく一息ついた頃にまたハルヒと肉の取り合いが始まる。
「こら!その肉は俺が狙っていたヤツだ!」
「あんたにはこれをあげるから食べてなさい!」ハルヒが炭化した小さなものをつまんで俺の皿に放り込む。
「これは野菜が炭になったヤツだ、って、だから俺の肉をとるなと言ってるだろう!」
「野生の肉は弱肉強食よ!」訳の分からん理屈をこねやがる。
「お前の友達はいつもこうなのか?」杉田さんの質問に長門がうなずく。
「日常風景」
「ちょっと有希!それじゃいつもキョンと肉の取り合いしているみたいじゃない!」
「そうだ心外だ」
「おや違いましたか?」古泉ちゃちゃを入れるな。
朝比奈さんもくすくす笑わないでください。
わいのわいの騒ぎながら全員で熊の肉を頂いた。
574 名前: ◆KMIdNZG7Hs 投稿日: 2008/07/11(金) 02:47:42.71 ID:WEHCn7Mo
「7、8キロはあったはずだが」杉田さんがにこにこしながら言った。
見ると、杉田さんが出してくれた笹に包まれていた肉が無くなっていた。
え?すると一人1キロ以上肉を食ったってことか?うーむ、我ながら信じられん。
まだ食える気がするがこれ以上所望するのはさすがに遠慮が先に立つ。
「腹は膨らんだか?」杉田さんが長門に問いかけた。
こくりと長門はうなずいた。
「そりゃよかった」嬉しそうにうなずき返した。
「ちょっと待ってろ」杉田さんは小屋へ入る。
「今度は鹿の肉かしら、それとも猪?」肉から離れろよ。
杉田さんが持って来たのは長方形の綺麗な木の箱だった。
長門の前に来て言った。
「娘が着るはずだったモノだ。持って帰るのが面倒じゃなかったらもらってくれ」長門に手渡す。
長門が受け取ってゆっくりふたを開けた。
こんな山中には似つかわしくない綺麗な青色の着物が入っていた。
長門が不思議そうに杉田さんを見つめる。
「もう、娘はいないもんでな。俺が持っていても仕方が無い」
「ふ〜ん、有希に合いそうな色ね」ハルヒが横から覗いて言う。
ぱたん。長門がふたを閉じた。
「あ」ハルヒが何か思いついたように声を上げた。
というか、こういうとき必ずこいつは何か思いつくんだよな。
「ちょっと小屋かりるわ」杉田さんの返事も待たずに長門を引っ張って小屋に向かう。
「みくるちゃんも手伝って」「は、はい」
3人で小屋にこもってしまった。
いつもはこういうとき朝比奈さんのあられもない悲鳴が聞こえるのだが今日は聞こえないな。
しばらくしてハルヒが小屋から飛び出して来た。
「じゃーん!おっまたせー!」
ハルヒが自ら開けた扉から静々と現れたのは振袖姿の長門だった。
流れる様な青に目を奪われた。
長門の身につけている着物は青から蒼に、そして淡い碧にグラデーションしており山吹色の帯がその華奢な体をしめていた。
俺たち男三人は長門の変身にあっけにとられ感想を言うのすら忘れてしまった。
575 名前: ◆KMIdNZG7Hs 投稿日: 2008/07/11(金) 02:49:19.73 ID:WEHCn7Mo
それでも一番最初に口を開いたのは杉田さんだった。
「ユキ…大きくなったな」
一瞬、ほんの一瞬だが戸惑った様な表情を浮かべた長門だったが杉田さんに向かって丁寧にお辞儀をした。
杉田さんがゆっくりうなずいた。
「よし!お前らもう帰れ!そろそろバスに乗らないと家に着くのが遅くなるだろう」
言われればそろそろ日も傾き始めている。今バスに乗ったとしても言えに着くのは確実に夜になるだろう。
「そうね!有希その着物もらってちゃいなさい!すんごく似合ってる!」
そう言ってハルヒは長門を引き連れて小屋に入って行った。
「冥土の土産に良いものを見せてもらった」ぼそりと杉田さんがつぶやいた。
「命の恩人がそんな事はおっしゃらないで下さい。さみしくなります」古泉が俺の気持ちを代弁したかの様な事を言った。
ほどなくして3人が小屋から出て来た。
「帰るわよ!」
全員で荷物をそれぞれ背負い山を下り始めた。
バス停まで見送ろうと杉田さんも一緒に来てくれた。バスの旋回場がバス停になっている。周囲はもう銅色になりはじめた日に染められ始めている。
ゆっくりと大きな円を描きながらバスが入って来た。俺たちの前に止まりエアー音をだして扉が開いた。
ハルヒを先頭にバスのタラップを踏み乗り込む。
長門がタラップを踏んで乗り込もうとした時に朝比奈さんが後ろから長門に声をかけた。
「まるで長門さんのお父さんみたいでしたね」
ビクンとはじかれたように長門が止まり朝比奈さんを振り返る。
「お父さん…?」
「ええ…あの変な事いいましたか?」朝比奈さんがどぎまぎしている。
長門の全ての動きが止まった。まるで今言われた言葉の処理に全エネルギーを注いでいるようだ。
止まっていた長門の時間が突如動き出した。朝比奈さんの横をすり抜け杉田さんに駆け寄る。
長門は杉田さんの正面に立ち、ぽそりとつぶやいた。
「また…くる」
576 名前: ◆KMIdNZG7Hs 投稿日: 2008/07/11(金) 02:49:36.95 ID:WEHCn7Mo
杉田さんが固まったのが分かる。しかし氷が溶けるようにその硬直が溶けると杉田さんは声を荒げた。
「ばかやろう!こんなじじいのためにお前の人生を寄り道するんじゃねぇ!」
長門が驚いた姿なんて初めて見た。目を大きく開けて杉田さんを見つめる。一体この人の真意はなんだろう?と言わんばかりに。
杉田さんはまるで家を出る娘に言葉を送るように、ゆっくりと優しく長門に言った。
「俺は山へ帰る、お前はお前の人生を歩け」
くしゃくしゃっと長門の頭を撫でた。
「出発しますよ〜」運転手ののんきな声が聞こえた。
「うるさいわね!父娘の別れなのよ!あんた人間の心がないの!?3時間も待てって言ってるわけじゃないんだから3分くらい待ちなさいよ!」
ハルヒが運転手にがなり立て出発を引き延ばしている。
長門がちょっとくしゃくしゃになった髪のまま杉田さんを見つめて同じ言葉を今度ははっきりと言った。
「またくる」
杉田さんの顔が内からの感情で歪む。
大きく息を吸い込み目を閉じ止める。空を見上げた。ゆっくりと息を吐き出し、長門を見つめて静かに言った。
「あぁ、いつでもこい」
くるり背を向けて歩き出す。
長門、朝比奈さん、古泉、俺がバスに乗りこむ。
バスの扉が閉まり大きく旋回する。杉田さんの後ろ姿がバスの左から後ろに大きく移動する。
「ありがとうございましたー!」ハルヒが窓から叫ぶ。
「ありがとうございましたー!」俺も古泉も朝比奈さんも杉田さんの背中に向かって叫んだ。
長門が着物の箱を開け上だけ羽織った。
着物を羽織ったままバスの最後尾座席にしがみつき遠ざかる杉田さんを見つめる。
杉田さんが振り向いた!長門が手を振る。
杉田さんは手を振り返す事もせず、すぐに背中を見せて歩き始めた。
夕日で全てがオレンジ色に燃え上がる中、杉田さんが一人で山に向かい歩く。
小さくも見え、だけど大きくも見えるその背中に俺たちは見えなくなるまで手を振り続けた。
Fin


次回も期待大です(^^ゞ